論語と算盤 (角川ソフィア文庫)
渋沢 栄一
「成功しても、カス」
言ってくれるね、渋沢さん!
渋沢栄一氏といえば、日本資本主義の父と言われる存在。その渋沢氏が本書で言いきった言葉、「成功しても、カス」。でも、この言葉が渋沢の本書を通じて伝えたいメッセージだと思います。
本書のタイトル「論語と算盤」。本来であれば相反する二つの考え方です。「論語」とは算盤勘定抜きに善悪を見極めよという考え。一方、「算盤」は善悪など入る隙間もない、数字だけの世界。
どれだけこの2つを合わせることが難しいか。日々の仕事でイヤというほど味わっている人も多いと思います。でも、この2つを求められるのが日本の商売の真髄。資本主義の父は、現代の日本にけったいなものを残したものです。
ところで、目次を見ると明治・大正のにおいがプンプンとします。二字熟語を並べるという荒業。昭和時代の書籍までは見かけましたが、平成の今となってはまず見かけない表記。「明治男、渋沢の男気」が彷彿されているような目次です。
目 次: 第1章:処世と信条 第2章:立志と学問 第3章:常識と習慣 第4章:仁義と富貴 第5章:理想と迷信 第6章:人格と修養 第7章:算盤と権利 第8章:実業と士道 第9章:教育と情宜 第10章:成敗と運命 |
渋沢氏が商売の道へ入ったのは30代のとき。1840年生まれで、1873年に大蔵官僚を辞職しているので、34歳で商売の世界へ飛び出したことになります。
その当時は江戸時代の元武士階級が商売をやっては失敗していた時代。しかし、官僚から転身した渋沢氏は資本主義の父と呼ばれる程に活躍しました。
渋沢家自体は武士階級ではなく、養蚕業を営む農家兼商家でした。幼少の頃から商売が身近にはありました。しかし、頭を下げない官僚を経験した後、商売で成功するには銀行員しかないかなとは、勝手な推論ですが。
それにしても、自分が渋沢氏と同じ状況となった時、転職を職するかな?というのが本書を読みながら思った疑問です。
仮に自分が30代半ばで職業は国家官僚。さらに、時の有力者大久保重信や井上薫にも自分のことが高く評価されている。ましてや、その当時の価値観でいくと、銀行など得体のしれないもので、大蔵官僚(当時)の方が当然格が上。こんな時に、果たして自分なら転職をするか?
「成功しても、カス」と言い切る渋沢氏は転職をします。もう少し突っ込んで考えると、渋沢氏の成功と世間の成功が異なっていたと。世間にとって成功とはいわゆる「末は博士か大臣か」であり、渋沢氏にとっては「論語と算盤」を体現すること。成功の位置づけが世間と渋沢氏にズレがありました。
この時、世間の成功に従ったところで、それはカス。「超然として、自立しろ!」とは渋沢氏の生涯の人生哲学です。自分の志に従い行動し、それを体現することこそ、一生をかける価値があるもの。渋沢氏が追求した生き方です。
そして、この「志」が本書で述べられる「論語」と「算盤」という相反する考え方を結びつける一つ目の要素です。
「志」があるから、目先の利益や社会の常識にも惑わされない。「志」があるから、自分自身を鍛え高めることができる。この「志」が一つの原動力となり、その人の人格を高め、それによってお金が最後に廻ってくる。
ここに渋沢氏の経営哲学の底流が一つ垣間見えます。
そして、本書から読み取れる「論語」と「算盤」を結びつける2番目の要素は「信用」です。
商売における信用の大切さを度々渋沢氏は本書で度々指摘します。その信用を築くには社会価値基準を実践する必要がある。この社会基準は「論語」に示されている。だから「論語」を実践していれば、社会からも信用される。社会から信用が得られれば、お金は最後に廻ってくると。
「志」と「信用」が「論語」と「算盤」を結びつける。これが渋沢流経営哲学の真骨頂です。
ところで渋沢流の経営哲学でいくと、お金は後からついてくるということになります。めっきり、欧米流のビジネスモデルや、特にキャッシュフローの重要性が経営の主流を占める現在、どうしても「お金は最後に回ってくる」という考え方は忘れがちです。
一方で資金繰りに苦労する、特に中小企業の実情があるのも事実です。また、「お金は最後に回ってくる」といっても、いつまで経ってもお金が回ってこないというのも現実だと思います。
そのため、渋沢流経営哲学をそのまま現在の経営に持ち込むことも、また危険をはらみます。
「お金は最後に回ってくる」が日本式商売の真髄である一方で、そのお金が入るまで企業は生き延びなければならない。商売センスが問われる究極の問題だと思います。
本書のタイトルは「算盤と論語」ではなく、「論語と算盤」になっています。少なくとも「算盤」が先に来ると、商売は上手くいかない。これだけは今も昔も、また洋の東西を問わず真でしょう。
成功など、人が為すべきことをした結果生まれるカスにすぎない。by 渋沢栄一弱っちい自分と向き合うときに、自分を支える一言として。
論語と算盤 (角川ソフィア文庫)
渋沢 栄一
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