2012年1月8日日曜日

未だにレーニン像が立つ理由:【書評】ドイモイの誕生―ベトナムにおける改革路線の形成過程


ドイモイの誕生―ベトナムにおける改革路線の形成過程 (シリーズ 民族を問う)
ドイモイの誕生―ベトナムにおける改革路線の形成過程 (シリーズ 民族を問う) 

ベトナムにはまだレーニン像がそびえ立っています。
だって、未だに社会主義国だから。「ドイモイ(刷新)」以後、資本主義の国になったと誤解をされる時もあるのですが…。




本書を読んで改めて気付かされました。 ベトナムは社会主義国で、ドイモイはあくまで社会主義を前提に取られた政策だと。
そして、レーニン像はそびえ立っていなければならないのだ、と。


本書「ドイモイの誕生ーベトナムにおける改革路線の形成過程」は、ドイモイ政策過程について、この分野の第一人者古田教授が独自調査資料やインタビューをもとに執筆されたものです。
とりあえず、「ドイモイって何だ?」という疑問を解決する一番いい書だと思います。
ついでに、ベトナム式の政策決定過程が目に浮かびます。意外と実利主義な部分があり、しかし体面を重んじる建前論もあり。
ドイモイの意味を理解して、一緒にベトナムの政策決定過程を理解する。一冊で2つ同時に答えが見えてきます。

目 次:
第1章 地方の実験
第2章 チュオン・チンの改革派への転身
第3章 価格‐賃金‐通貨改革の実施と挫折
第4章 発想の刷新をめぐって
第5章 政治報告草案の書き換え
終章 ズオン・フー・ヒエップ氏のドイモイ論によせて



「この本は何を書いているんだ?」と、目次を見た時の僕の率直な感想です。第3章の「価格ー賃金ー通貨改革」の文字を見た時は、ケインズの「雇用・利子および貨幣の一般理論」のゴロが頭に浮かび、ドイモイの経済理論でも本書は熱く語るのか?と思ってしまいました。 当然、本書の主題はドイモイ経済理論ではなく、その政策決定過程です。どのようにドイモイという概念がベトナム政府の保守層に受け入れられ、政策決定されるまでに至ったのか。著者古田教授の調査メモなどを元に、解き明かしていきます。
「ドイモイの誕生『秘話』」に近い印象を受けました。
クツワ クラシック26CM立体地球儀(行政図/紙貼) GL265D

本書では、ドイモイの流れを以下のように展開していきます。
まず「地方都市の実験(第1章)」が1970年代後半から始まり、保守派であったチュオン・チン氏がドイモイを積極的に進める改革派へと転身(第2省)した。
そして、チュオン・チン氏がブレーンと共にドイモイを理論形成していく過程(第3章)と、国の政策として導く過程(4章と5章)をひも解いていきます。
最終章のズオン・フー・ヒエップ氏はチュオン・チン氏の秘書であり、また著者のドイモイ理解に多大な影響を与えた人物です。
クツワ クラシック26CM立体地球儀(行政図/紙貼) GL265D

新しいテーマの本を読むと分からない事だらけで、途中で本を閉じてしまうことが多いのですが、本書を読み切れたのはいくつか理由があります。
まずは古田教授の調査メモの存在。この調査メモには古田教授が実施したインタビュー調査の内容がまとまっています。その内容たるや、本書によると、誰かの命に危険が及ぶ可能性があるものが多く含まれていたとか。本書の記述で調査メモがその出所となる部分は、当時の政府批判をインタビューで回答した場合もあり、その人の命が狙われる可能性がある点にも頷けます。
そして、ベトナムの政策決定が見えると言う点。
例えば、ベトナムはトップダウンではなく、ボトムアップの国とよく言われます。ドイモイは地方省が勝手に始めたものです。決して中央政府により主導されたものではありません。
また、北部の地方省から始まったのではなく、南部のロンアン省からドイモイの流れが始まったという点。ロンアン省は南部ホーチミン市の西に隣接します。やはり南部の方が経済にも明るく、その経済政策の矛盾に気づくのも早かったのでしょう。

参考までに、本書では北部ハイフォン市やバクニン省の実験にも触れられます。両省ともロンアン省での試みを試験的に導入し結果も上々だったことが、当時の保守派の重鎮チュオン・チン氏の政策転換への転機となります。
そしてベトナム政策過程の最大の特徴、満場一致型の政策決定過程。ドイモイの導入を図った人々は、敵対勢力を作り出しそれを攻撃するという手法は取りません。あくまでも満場一致型です。
彼らが描いた構図は、「ドイモイは理想とする社会主義へ辿り着くための初期段階」という構図を描きます。社会主義の導入自体は決して誤ったものではなく、その導入を強く推し進めた人は批判されるべきではないという構図です。だれも批判をされる対象とはなりません。
この満場一致型は、ある意味ベトナム人の知恵であり、一方で意味無責任な社会を構築しているようで…。個人的には好きになれない部分です。
クツワ クラシック26CM立体地球儀(行政図/紙貼) GL265D

本書を読むと、なぜベトナムの首都ハノイ市にレーニン像が未だにそびえ立つか。その理由が垣間見えてきます。このレーニン像がそびえ立つからこそ、ドイモイへと政策転換が可能だった。そんな気がしてなりません。
「ドイモイ」とは決して社会主義を放棄したのではなく、社会主義を今後も展開する上で、必要なステップとして導入したのだと。
なお、本書出版後に下記のようなやり取りがなされています。
  • 上記コメントに対する著者古田教授のコメント(PDF)




  • ドイモイの誕生―ベトナムにおける改革路線の形成過程 (シリーズ 民族を問う)
    ドイモイの誕生―ベトナムにおける改革路線の形成過程 (シリーズ 民族を問う)

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